第5回 くまの体験企画

2012 年 10 月 20 日


第5回も、第4回に続き近畿地方の観光地域づくり実践事例をお届けします。


着地型エコツアー専門店「くまの体験企画」は、三重県尾鷲市にUターンした内山裕紀子さんが、熊野古道を行き交う来訪者との会話の中に、また、多くの行政の事業に参画する過程で見えてきた地域の課題や顧客ニーズをもとに、2008年に立ち上げた民間企業です。地域を広く巻き込みながら、個人客向けのプログラムを中心に多彩な着地型旅行事業で着実に売上を伸ばしています。代表の内山さんが紹介します。

 



地域の概況およびプラットフォーム(DMO)の動きが出てきた背景


2002年に名古屋からUターンしました。


健康づくりのために、自宅近くにある熊野古道伊勢路の馬越峠道を歩き始めた当時は道の案内表示もなく、すれ違う人に道を尋ねられることばかりでした。


「地図がないので困っている」、「道標がないので不安だ」、「駅までどう行けばいいのか」、「尾鷲は魚がおいしいと聞くがどこで食べられるのか」……聞かれることは皆同じでした。


1999年、三重県で「東紀州体験フェスタ」が開催されました。熊野古道の石畳が発掘調査されるなど地域の魅力を活かそうという動きが始まり、機運も高まっていきました。


実際に訪れてくださった方々と毎日のように言葉を交わすうちに、痛感するようになったことがあります。それは、熊野古道は確かにある程度の知名度があるけれども、その受け入れ態勢がほとんどできていないということでした。

 


大きな転機となったのは、ほどなくして決まった熊野古道の世界遺産登録です。


ハード・ソフト両面の準備が進む中、私もボランティアカイドや熊野古道の語り部になりました。それをきっかけに、まちづくり関係やイベント実行委員など多くの事業に参加するようになり、会議や実行委員会の場で来訪者の意見を伝えていきました。


登録後は「三重県立熊野古道センター」の準備事務所で働き、熊野古道沿いの植物調査や産業の資料作成を行いました。センターが完成すると、隣接する「夢古道おわせ」の体験学習コーディネーターとして100種類を超える体験プログラムを企画・販売・実施しました。

 


そうした経験を経て、なかなか解決しない次のような地域課題があることが分かってきました。

 


・大手旅行会社の団体バスツアーが増えたが、その大半が日帰りの格安ツアーで山道だけ歩いて帰っていく。弁当など食事は地域外のもの。地域住民との接点がほとんどなく、市街地への経済効果はゼロに等しい。


・とはいえ、団体ツアーに対応できるのは主要国道の道の駅や大型ホテルであり、当地域は個人対応の店舗や民宿が中心である。


・ぎりぎりの所要(歩行)時間で余裕のないツアーが多く、怪我など安全面に不安があり、大雨など警報が出ても実施しているツアーもある。


・「紀伊山地の霊場と参詣道」は広域な世界遺産であるが、観光事業やPRは行政区分化されており、遠方からの観光客にとってわかりにくい。


・個人旅行者が知りたい細かな情報(現地アクセス・駐車場・気候・服装・難易度など)がうまく伝わらないため、登り口から少し歩いて引き返す人が後を絶たず、滞在時間が非常に短い。これで旅行者が満足しているのか疑問である。


・過疎化により熊野古道の関係者や地域活動者も高齢化している。来訪者との接点や経済効果が少ないままでは、地域に「熊野古道は無関係」という考えが蔓延し、新たな活動が生まれず今後の保全が危惧される。


・地元にはボランティアを奨励する考えはあっても、対価を受け取ることへの抵抗感が根強い。このままでは、趣味人や定年退職者等の余裕のある人しか熊野古道に関わることができない。

 


これらを解決していくためには、「環境・観光・地域振興」のバランスがとれたエコツーリズムの理念に基づく着地型エコツアーを実施すること、そして、コミュニティビジネスで新たなる観光まちづくりの流れをつくることが有効ではないかと思うに至ったのです。

 


そこで、地元をよく知る人でないとできない旅のメニューを商品化・販売すると共に、住民が仕事(あるいは副業)として熊野古道に関わり収入が得られる「プロのカイド業」を定着させようと、2008年に開業に踏み切りました。

 

 


組織のコンセプト


くまの体験企画は着地型エコツアーの専門店です。一貫して行政予算や補助金に頼らない民間企業としてコミュニティビジネスを展開しています。

 

 


活動内容


主な個人客層は関東地方に住む20~30代の女性です。土地勘のない旅先で山道を歩くことの不安を解消し、知的探求心を満たす有意義な旅のお手伝いをするプログラムになっています。


貸し切りで毎日催行、1名から参加できるプランも多くあり、目的・体力・滞在時間・移動手段・宿泊地などによって次の19種類のプランから選ぶことができます。

 


熊野古道伊勢路・馬越峠エコツアー


熊野古道伊勢路・松本峠から花の窟へ


熊野古道伊勢路・“西国一の難所”八鬼山越え


熊野古道伊勢路・曽根町と曽根次郎坂太郎坂


熊野古道女性一人旅応援プラン


熊野古道で過ごすLOHASな一日


絶景の天狗倉山と熊野古道馬越峠


よみがえりの那智山エコツアー


熊野古道中辺路・熊野本宮エコツアー


熊野古道中辺路・小雲取越えから熊野本宮大社へ


熊野古道大辺路 世界遺産追加指定候補の石畳を歩く


熊野古道大辺路 360度パノラマの代官道・八郎峠越え


熊野・古座街道 古座川の一枚岩と嶽の森山をゆく


熊野川の三反帆と新宮の世界遺産ウォーク


神話の世界と楯ヶ崎の自然


元盛松の集落跡を訪ねて


西国巡礼ゆかりの岩屋堂


大パノラマ!おちょぼ岩と熊野古道馬越峠


あなただけの熊野古道(オーダーメイド)

熊野古道女性一人旅応援プラン

 


私自身がガイドを行うことはもちろん、登録ガイドの中から適切な人選を行って依頼しています。ガイドたちは「インタープリター」であることを強く意識し、観光ガイドやバスガイドのようなスポット説明ではなく、熊野古道の本来の魅力を伝えるために解説を行い、参加者の「気づき」を大切にしています。

 


たとえば、「石畳よりも土の道のほうが歩きやすいじゃないか」と思いがちですが、インタープリターの解説を聞き、降水量の多い熊野では雨対策として石畳が敷かれたこと、江戸時代から植林されているヒノキを山から下す作業のために、石を山の斜面と同じ方向に傾けて敷いたこと、着物の女性や老人なども歩きやすいように段差の少ない石畳にしたことなどが理解され、石畳道に対しての考え方や意識が変わります。

 


また、主に地元住民向けに、観光資源の発掘を目的としたシリーズイベント「紀伊半島みる観る探検隊」を、年6回ほど企画実施しています。とことん地域を巻き込んだ企画内容が特徴で、行先は毎回変わり、その地区の住民たちにガイドをお願いしています。彼ら登録ガイドとは別に、イベントのサポートスタッフが4名います。

 


このシリーズで実施した「廃村の元盛松(もとさがりまつ)探訪」(尾鷲市三木浦町)という企画では、昭和初期に全戸移住した集落跡を訪ねて、なぜ全移転を余儀なくされたかを住民の子孫にあたる人物たちにガイドをお願いしました。このイベントをきっかけに元盛松はメディアに注目されるようになり、来訪者も増え、その後ウォーキング大会のコースになるなどの波及効果につながりました。現在は、個人客向けの着地型エコツアーとして販売しています。

紀伊半島みる観る探検隊(那智黒石の里・神川町をゆく)

 


さらに、大手旅行会社やインバウンド旅行への企画協力、広域ガイドの派遣、法人旅行の着地型ツアー、宿泊施設のオプショナルツアー、他の体験事業者との連携による着地型ツアーなども行い、着実に売り上げが伸びています。

 



将来ビジョン


三重県の東紀州地域は、熊野古道伊勢路が伊勢と熊野を結ぶ道であったように、通過地の印象があるのは今も昔も変わりません。しかし、「伊勢から熊野へ」の通過地でしか企画できないことも山ほどあると考えています。

 


素晴らしい自然景観の吉野熊野国立公園が身近にあり、受け継がれた歴史文化が現存し、がんばっている人たちが大勢います。近年は巨岩の多い熊野地域をジオパークに推進する動きも出てきました。なんと私は恵まれた地域に住んでいるのだろうと常々思っています。

 


これらの地域資源を活かした着地型ツアーを通して、旅行者と住民の接点を増やしていきたいと考えています。個人客にとって、町なかの小さな店の情報は分かりにくく、また、地域の素晴らしい人たちと旅行者が出会うきっかけはなかなかありません。

 


石畳道を歩いて歴史を感じ、森や小さな植物に生命力を感じ、歩く人々と「こんにちは」と声をかけ合い、小さな町の小さな商店、何気に座った道端のベンチ、そこから見る風景、乳母車を押すお婆ちゃんから話しかけられうれしく感じ、ヒノキクラフトのギャラリーにぷらっと立ち寄り「さっき歩いた森の木で作ったマイ箸あげる」と渡されてうれしい……それは、私にとっては「日常」、しかし旅行者にとっては「異日常」です。

 


住民の日常に旅人が溶け込めるような質の高いプログラムを増やし、参加者の満足度がUPし、経済効果や生きがい作りになり地域力もUPするようにつなげたいと思っています。

 


経営的には、株式会社化して法人プランを強化、旅行会社や宿泊施設のオプショナルツアーの実施本数を増やすなどの方法で、安定的収益を確保したいと考えています。

熊野古道で過ごすLOHASな一日

 

 


くまの体験企画と行政との関係


「東紀州体験フェスタ」の開催から世界遺産への立候補や登録後の対応に至るまで、三重県が地域づくりのリーダーシップをとってくれたことは有効でした。地域づくりに関わる市民組織が一気に増え、私たちもそれらの中で多くのことを体験し経験を積みました。多くの局面で民間の意見を取り入れた事業が進められたという点もよかったと思います。

 


しかし、世界遺産登録から8年が過ぎ、行政主導の事業が減少し、当時の熱意ある担当者も退職や異動していきました。市民組織も高齢化していき、さまざまな動きが次第に低調になってしまっている感が否めません。

 


また、市や町の補助金事業には実施期間の短いものが多いようです。活動の持続性を保つ一番良い方法は、「税金に頼らず、サービスに対する対価をきちんと受け取る」ことだと思います。対価がなければ、ガイド等のサービスの質自体がなかなか高まっていきません。


私たちは、エコツアーをはじめシリーズイベント全てを参加費など対価の中から運営しています。

 


行政に期待するのは、民間にはできない事業はもちろん、民間との連携、広報セールス、ワークショップやシンポジウムなどでの協働やつながりづくりです。

 

 


組織の抱える課題


組織としての課題よりも、地域の課題が多いと思っています。


「紀伊山地の霊場と参詣道」は3県にまたがる広域な世界遺産であるにもかかわらず、行政区分、メディアの違い(三重は中部、和歌山や奈良は関西のメディア)、地域ごとの縄張り意識等から広域な連携が難しいようです。

 


近く三重県側から高速道路が延びます。Webサイトやソーシャルメディア等の普及の影響も、今後の旅行者の数や流れに変化を与える可能性があります。先々を考え、時代に合った来訪者目線での対応が必要だと考えています。

 


また、熊野は交通網が発達していない地域が多く、さらなる過疎化によってバス路線が廃止になり、タクシーやレンタカー営業所はもちろん飲食店も無い地区が増えると思われます。このような場所で個人旅行者向けの着地型ツアーを実施しようとすると、法規制による問題が発生します。これは全国の体験事業者にとっても大きな問題だと思っています。

 

 


今後の展望


熊野古道伊勢路は、主に関東や東北に住む人々が熊野を目指して歩いた参詣道であり、西国巡礼たちが救いを求めて歩いた巡礼道です。今、旅の形態は変わっても、首都圏から「よみがえりの地・熊野」を目指しツアーに参加する人々は多く、歩きながら話を聞き感動して涙を流される方、「一生忘れられない思い出になりました。明日からがんばります」と言って戻って行かれる方が少なくありません。

 


都会での生活自体を変えることはできなくても、自分の今の生活を見直すきっかけや、人生観が変わるような旅の経験をされたのでしょう。私たちはこれからも「何か」を求めて熊野を訪れる方々のお手伝いをしていきたいと思っています。

 


将来的には、全国の過疎・Iターン・Uターン・体験事業に関わっている悩める若者たちに「こんなやり方もある」ことを広められたらと思っています。

 


最後に一言。
熊野には、個人・団体問わず時間に余裕をもって訪れてください。
同じ那智の滝を見るのも、直接車で行くのと、いにしえの旅人のように熊野古道伊勢路を歩いた後で滝を眺めるのとでは大違いですよ!

 



【組織概要】


くまの体験企画
〒519-3612 三重県尾鷲市林町9-28
TEL 090-7865-0771    FAX 0597-22-0471
http://kumanokodo.info/


2008年2月設立
事務局員数:(事務員=アルバイト1名)★ガイド14名(男6人、女8人)


主な事業
●少人数の個人旅行者向けに熊野古道や吉野熊野国立公園の着地型エコツアーを企画・提供
●法人・旅行会社向けに熊野古道や吉野熊野国立公園のツアー企画とガイド派遣
●宿泊施設等と連携したオプショナル・ツアーの実施
●東紀州の観光資源の発掘や地元で頑張っている人を紹介するシリーズイベント(紀伊半島みる観る探検隊)

 

 

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